文章:NYA様(marginal)/ 絵:越後
「・・・っつ・・・」
ぬるめのシャワーが先日怪我をした左手に沁みて思わず喉の奥から呻いてしまった。3日もすれば傷は塞がるだろうと思っていたのに、4日経った今も完全なかさぶたにはならず、傷口はじくじくとしていた。
私はなるべくタオルが触れないようにと注意を払いながら身体を洗い終えると、最後にシャワーをカランに切り替えてゆっくりと傷口を漱いだ。浴室から出て脱衣所で濡れた身体を凡そ拭いてバスタオルを腰に巻き、風呂に入る前に持ってきた新しいガーゼを取り出して傷口に当てた。
「・・・・」
包帯を巻こうとして私は自分の犯した過ちに気付いて言葉を失う。
しまった―――――――、予め包帯を巻いておくのを忘れた・・・。
包帯は風呂に入る前にはずした時の状態のまま、たすきか鉢巻のようになってバスケットの中で歪な螺旋を描いていていた。暫しの逡巡の後、私はだらりとなった包帯の端を掴むと顎と右手を使って強引に左腕の患部に巻きつけ始めた。しかし、上手く行かない。
力加減がわからぬまま包帯を巻き進めてはみたものの、患部に当たっていた筈のガーゼの位置はずれるし、包帯をきちんと巻きなおさなかったために、足元に包帯が絡み付いた。これでは、一体何を巻こうとしているのかわからない・・・・。
「はぁ・・・」
自分の不器用さと愚かさに溜息が洩れる。「随分と楽しそうだね?」
突然背後から声を掛けられて私はビクリとして振り返った。
バスルームの入り口の淵に折り曲げた肘を凭せ掛け、反対の腕でドアを押さえて立っていたのは伸だった。
「君、ミイラにでもなるつもり?」
私の手元から足元に視線を流してクスリと笑った。
「・・・包帯が上手く巻けなくて」
止むを得ず正直に私が答えると、伸はドアを抑えていた手を私に差し出しながら脱衣所に入ってきた。
「貸して」
「・・・・」
1人で碌に包帯も巻けない私を馬鹿にしているのか、それとも、自分で包帯を巻こうとした私を怒っているのか判然としない表情で伸は私の目の前に立った。
「そうじゃないだろ?」
おずおずと足元の包帯を適当に掴んで手渡した私に伸はやはり少し機嫌の悪そうな声で云うと、私の手を取って、不器用に巻いた包帯をするすると解いていく。
「ちゃんと消毒したの?」
云いながら伸は私の答えなど確認もせず、予め用意していたらしい消毒液と新しい脱脂綿を上着のポケットから取り出して、慣れた手つきで私の腕の傷を消毒した。
「・・・・っ!」
揮発性の高い消毒液は私の腕に鋭い痛みを齎した。
「どうして出来もしないことを1人でやろうとするのさ・・・ちょっとここ抑えてて」
伸はそう云って私の右手を取り脱脂綿を抑えさせると、今度は先程私が巻こうとしていた包帯をクルクルと手早く手元に巻き取った。
「じゃあ次はガーゼ」
「手間を掛けてすまない」
私は伸に云われるまま、右手でガーゼを抑える。
「すまないと思うなら始めから僕のところに来てよ」
伸は長い睫毛を伏せて私の手元を見つめながらあっという間に私の傷を包帯で巻いてくれた。最後のひと巻きを終えると、クスッと小さく笑って私を下から覗き込むようにして見つめた。
伸の翡翠色の瞳が憂いを含んで艶やかにきらめいた。まるで海の底のような美しいマラカイトグリーン。
伸の瞳に見入って暫く言葉を発せずにいると、再び伸はクスと溜息ともつかない独特の声を上げて私の頬を両手で挟み込んだ。
「ホント・・・君って世話が焼ける。こっちから声掛けてあげないと何にも教えてくれないんだから。・・・まあだから僕も放っておけないんだけどさ」
そう云うと伸は私の右頬だけを軽く指で抓んで、
「ホラ、早くパジャマ着なよ。怪我の手当ての次は風邪の看病をさせるつもりかい?」
と笑った。・・・・本当に伸には頭が上がらない。
私は伸に抓られた頬を右手で擦る。軽く抓られた頬など全く痛くはなかったけれど、何故か少しだけ胸が痛んだ。
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